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| ■プロフィール |
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増築せざるを得ない事情があってついでに色も塗り替えました。
左が以前の家、右が増築後の家です。 |
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花フル・ガーデニングの管理人、ヨッシーです。
1962年生まれです。
出身は函館、高校卒業までそこで暮らしていました。
高校卒業後5年間のぷー太郎生活。
大学受験失敗の後、予備校にもろくに行かず、
こなしたアルバイトは数知れず、
そんなぷー太郎生活にピリオドを打ったのは
友人がある会社を紹介してくれたからでした。
しかしその会社はわたしにとっては
キャパオーバーどころではありませんでした。
日本人100名程度のところに外国人(主に欧米系)200名が、
毎日出たり入ったり、
海外に出る日本人の企業内語学トレーニングや
異文化コミュニケーションを売り物にしていて、
英語とは無縁だったわたしの生活に文明開化の風が吹いたのでした。
その会社で頑張っているときに、妻との出会いもあり結婚、
その後、教師になりたいというかつての夢をかなえるべく大学受験、
何とか合格して、会社を辞め、学生生活を送ることになりました。
大学2年のとき長男誕生、
4年次に次男誕生、その次男の誕生から3ヵ月後、
たまたま受けた留学生選抜試験に合格し、
国費でアメリカ留学をすることになりました。
わたしだけで行くのはいやでしたから、
一家で行くことを決意、
私以外の家族の生活費は
バイト先の塾長が無利子で貸してくれたんです。
わたしたちは一路米国サウスキャロライナ州コロンビアへ向かいました。
大学ではTESOL(第二外国語としての英語の指導法を学ぶ)コースをとり、
1年間の留学を終えて帰国、その後北海道で英語を教え始めました。
ガーデニングは家を新築してから始めたもので、
連日試行錯誤の連続でした。
また、家内の趣向から、カントリー家具や雑貨にも興味を持ち、
自分も木工を始めるようになりました。
木工をしていくうちに、本格的に学びたくなり、
職業訓練校の木工科で何とか学べないものかと思案していたある日、
木工科で教鞭をとられていた先生が退職し、
木工教室を開いているのを知り、
木工のイロハを教わり、4年目です。
家の家具はほとんど自分の手作りで、
妻の趣向に合わせてカントリーにしています。
ときどき家具を注文されることがありますが、
本格的な商売は退職してからでなければ無理ですね。
とにかく、今は趣味で自分の周りのものを手作りしているところです。
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